【解説】長穴を扱う際の注意点と対策 5選

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この記事を読むべき人

  • ブラケット等を設計する際に、長穴を扱うときのコツなどを押さえておきたい人
  • 設計の仕事をしているものの、あまり現場に出向くことがない人
  • 現場でのトラブルを少しでも減らしたい人

機械設計をしていると、部品と部品との取り合いの箇所で「長穴(またはスロット穴)」をよく採用します。

長穴とは以下の図のように、半円と半円を長方形でつなげたような形状をした穴のことです。

長穴は、ただ穴形状を工夫しただけに過ぎないのですが、その機能は以下の通り非常に多彩です

  • 部品の製作誤差や組立誤差の吸収
  • 部品の取り付け位置や角度の微調整
  • 部品の熱膨張による伸び・収縮の逃げ
  • カム・リンク機構のガイド用の溝など

そのため「切削部品、板金部品、製缶部品」のどの種類の部品でも使われますし、「試作品、治具、最終製品」のどの場面でも使われ、非常に汎用性が高いです。

ところが、単純なものであるにもかかわらず、何も考えずに長穴を採用すると、ほぼ確実に失敗します。

特に、デスクの上でCADや図面ばかりを見ているだけでは、現場に出て、自分で施工を見たり経験したりしないと長穴のデメリットに気付くことが難しいのです。

リヴィ

私自身、何度も失敗してきました。。頭の中のイメージで上手く行っているつもりでも、現場で試してみると上手く行かないんですよねー。

しかし、最近のものづくりは分業化がかなり進んでいるため、なかなかすぐに現場にいけないような職場の人も多いと思います。

そこで今回は「長穴を使った設計をする際の注意点とその対策」について、解説していきます。

この記事を読んで、なかなか現場に出向くことが少ない人でも、長穴を使った部品をスマートに設計できるよう、役立てていただけたら幸いです。

長穴を使うと、母材への面圧が上がりやすい

長穴を扱う場合、キリ穴と比較して、母材への面圧が上がりやすいです。

面圧というのは一般的には、母材とねじ類とが接する部分の単位面積あたりにかかる軸力のことを指します。

$$面圧=\frac{軸力}{母材との接触面積}$$

以下の記事でも解説しているとおり、面圧に対して母材が耐えられなくなると母材が陥没し、ボルト緩みの原因になります。

その上で、バカ穴に比べて長穴は、面圧の式の分母である「母材とねじ類との接触面積」が少なくなるので、面圧が上がりやすくなります。

長穴を切られている方向は、ボルトと母材とが接しないためです。

中でも母材がアルミや樹脂など柔らかい場合ではもちろんのこと、母材が鉄だとしても発生する頻度が割と高いので注意が必要です。

リヴィ

ボルトが緩むと、機械に大きな損害が出ることもあります。長穴を使った際の、この問題の発生頻度もかなり多いので注意してください。

対策:面が広い平座金を使う

母材への面圧対策として最も簡単なのは、「面が広い平座金」を使うことです。

先ほど述べた面圧の計算式を見れば明らかなように、面が広い座金を使うことで、母材との接触面積が増加するので、面圧を下げることができます。

以下に、ボルト・ナット類について、バカ穴と長穴、平座金あり・なしで比較した面圧を表にまとめたものを示します。

六角ボルト・六角ナット 六角穴付きボルト
バカ穴 長穴 バカ穴 長穴
平座金なし 平座金あり 平座金なし 平座金あり 平座金なし 平座金あり 平座金なし 平座金あり
母材とねじ類との接触面積[mm2] 27.7 98.5 9.3 50.8 44.3 98.5 17.7 50.8
面圧[MPa] 155.1 43.6 462.9 84.7 97.0 43.6 242.8 84.7
面圧の比率[3] 1 0.28 2.98 0.55 0.63 0.28 1.57 0.55
  • 1:ねじの呼び=M6、バカ穴径=長穴の溝幅=6.6、発生軸力=4300Nと仮定
  • 2:平座金の寸法は、旧JISみがき丸として計算
  • 3:面圧の比率は、一番左のケース(六角ボルト・六角ナット、バカ穴、平座金なし)を1としたときの面圧を表す
リヴィ

座金にもいくつか種類があるので要注意です。JISの小型丸の平座金や、ねじの緩止めに使われるノルトロックワッシャー(標準サイズ)は面積が比較的小さいので、長穴には使用しないようにしましょう。

重力方向で扱う場合、ボルトが緩むと部品が落下したり、回転したりする

高さ方向の取付け位置の調整をしたり、角度調整するのに長穴を使うケースは多いかと思います。

しかし、長穴が重力方向に切られている場合、少しでもボルトが緩むと長穴に沿って部品が落下したり、回転したりします。

特に、ボルトの取り付け位置が、部品の重心位置とは大きくズレていることが普通なので、部品を固定している2本のボルトのうち1本でも緩むと、簡単に落下や回転をします。

特にセンサーやリミットスイッチなどの位置調整は、「あと0.5mmだけ上げたい!」「あと0.5°だけ下げたい!」といった単位で調整することもよくあります。

そういった調整作業をする際に、ボルトを緩めた瞬間にブラケットが落下してしまうと、いつまで経っても調整作業が終わりません。

リヴィ

こういったような、取り付け位置調整などに気を配れるかどうかが、詳細設計の能力の有無を問われる要素の一つです。

対策:ばね座金を使う

ばね座金を使用することで、ボルトの軸力が利いているか利いていないかの感度を下げることができます。

つまり「完全に緩めたくないけれど、長穴方向にちょっとずつ動かせる程度にボルトを効かせたい」といった微妙な加減にすることが、ばね座金を使うとやりやすくなるのです。

ばね座金が入っているおかげで、ボルトを少し緩めたぐらいであれば、ボルトと母材との間でばね座金が突っ張ってくれます。

対策:丸穴と長穴の配置を工夫する

角度調整用の長穴の場合に有効な方法なのですが、丸穴と長穴とを鉛直方向に沿うように配置すると、ボルトが緩めた際に回転しにくくなります。

そもそも部品が回転して舞う原因は、部品の自重がかかる方向と、長穴が切られている方向とが一致しているためです。

ということは、部品の自重がかかる方向と、長穴が切られている方向とが一致しないような穴の配置にすれば、ある程度回転を抑えることができるのです。

長穴で調整する角度範囲が広い場合は優位性がなくなりますが、図のように調整範囲が狭ければ有効な方法です。

対策:ジャッキボルトを使用する

部品の取付け位置調整の調整については、ジャッキボルトを活用することで調整精度を向上させることができます。

ジャッキボルトとは「部品を持ち上げる機能をもったボルト」のことを指します。

一般的なボルトをので、よく「ジャッキボルトという特殊なボルト」があるものだと思っている人もいるのですが、普通のボルトでもOKです(「ジャッキボルト」という名前の商品が売っているので、勘違いしやすいですが・・・)。

ジャッキボルトを使うことで、「調整方向のガイドと部品の固定は長穴に、部品の落下防止と調整量の制御はジャッキボルトに」といったように役割分担をする事が可能なので、精度が良くなります。

特にねじはねじのピッチがJIS規格で決まっているので、例えば「あと0.5mm上げたい!」というときには「M6の並目ねじだから、あと0.5回転すればいい」というように、調整時の目安が明確なのも大きなメリットです。

なお、ジャッキボルトを使った設計をする際のポイントとして、ジャッキボルトは2つの長穴の間に来るように配置し、かつなるべく近づけると、調整精度を高くすることができます。

これはアッベの原理と呼ばれているもので、測定器具や部品の位置調整にとって非常に重要な原理です。

詳しくは以下の記事をご参照ください。

リヴィ

長穴とジャッキボルトの位置がアッベの原理に従っていないと、部品のたわみや変形の影響を受けやすくなり「ジャッキボルトで1mmあげたのに、長穴のところは0.3mmしか上がっていない!」みたいなことが起こります・・・

幅の狭い方向にも遊びがある

「長穴を使えば、長穴が切られている方向にだけ調整する機構とできる!」と思いがちですが、それは大きな勘違いです。

実際には、長穴には、穴が切られていない方向にも、ある程度の遊びがあります。

そのため、普通のバカ穴と同様で、幅の狭い方向にも動きますし、角度もずれます

かと言って、長穴の幅を狭めると、長穴調整の際に部品が動かしにくくなりますし、最悪は相手部材と穴の位置が合わなくなります。

対策:段付きブッシュを使って、ガイドする

こういった際には、段付きのブッシュを使うと解決できます。

ブッシュの段のところの外径寸法を、長穴の幅または-0.1mm程度にしておくことで、長穴の幅狭方向の遊びをなくせます。

この発想は、先程説明した「ジャッキボルト」のものと同じく役割分担です。

「調整方向のガイドはブッシュに任せてしまい、部品の固定と調整量の制御を長穴でやる」ということができます。

また、ブッシュにあいた穴がバカ穴でも、ブッシュのガイドが利いてさえいればガタつかないので、ねじ穴を合わせるのも問題になりにくいです。

リヴィ

ブッシュの形状が長穴の形になっていれば、ガタツキの矯正がさらに利いてきます。ただし、長穴の調整範囲が狭まってしまうので注意してください。

なお、「ブッシュの段付きの高さは母材の板厚以下」「つばの外径は平座金の外径以上」とすることもお忘れずに。

対策:ガイドを作っておく

ブッシュを使った対策では、板厚が薄いのには適用しにくいです。

そういったときには、別の方法でガイドを作るようにすれば良いです。

薄い板であれば、曲げ加工でガイド面を作ってあげればよいです。

以下に事例を示します。

また、曲げ加工では精度が不安であるという場合には、切削部品でガイド面を作ってあげれば、高精度にガイドをすることができます。

剛性が不足しがち

ちょっとした長さの長穴であれば問題は少ないのですが、長めの長穴をあけると部品の剛性が不足しがちになります。

できれば、実際に作って実物を触って見てほしいのですが、長穴は意外と肉が削がれます。

個人的な感覚ですが、特に長穴の幅が狭い方向に剛性が不足しやすくなります。

剛性がないのなら板厚を増やすのは一つの対策方法ですが、長穴付近のみに剛性がほしいのに、全体の剛性を上げるというのはあまり得策ではありません。

リヴィ

大した荷重がかかるわけでもないのに、やたらゴツイ部品というのは、材料費や重量の観点から、あまりイケてないと思われます。

リブを付ける

剛性の弱い方向に対してリブをつけることで、剛性アップの効果が高くなります

リブは、薄板であれば曲げで作ればいいですし、厚板であれば溶接でつければ良いです。

リヴィ

リブが高いと剛性は上がっていきますが、リブが高すぎると工具アクセスが悪くなります。ねじが回しにくくないかどうかも、同時にチェックするようにしましょう!

重量が大きいものだと、調整しづらい

長穴が適用されるのは、決して小物部品だけに限らず、例えばAssy品のベースとなるプレートごと、長穴で調整することもあります。

ただ、重量が大きい場合は、長穴に沿って一生懸命動かそうにも重すぎて動かなかったり、微妙な調整がしずらかったりします

これは「そもそも人力で持ち上げられるか」といった視点も重要ですが、「人力で持ち上げられたとしても、数ミリ、数センチ単位で調整できるか」といった視点も重要です。

前者はできている設計者が多いですが、後者はできている設計者は意外と少ないです

リヴィ

実物を触る頻度が少ないと、重量の感覚はかなり鈍ってきますよねー。現場に出ると、そういった想定外とよく出くわします(笑)

ちなみに、「そもそも人力で持ち上げられるか」についてですが、

厚生労働省 腰痛予防対策リーフレットによると、人力による重量物の取扱いについて以下のとおり示されております。

満18歳以上の男子労働者が人力のみにより取り扱う物の重量は、体重のおおむね40%以下となるように務めること。満18歳以上の女子労働者では、さらに男性が取り扱うことのできる重量の60%位までとすること。

政府統計の総合窓口 e-Statをみると、満18歳以上の男性の平均体重は、ざっくり65kgぐらいなので、

人力による重量物の取扱いの上限は、男性:65kg×40%=26kg、女性:26kg×40%=10kgです。

人力での重量物の同時作業はせいぜい2人が限度なので、2人作業では男性:52kg、女性:20kgとなります。

リヴィ

ただ、もしあなたが「じゃあこの部品、26kgあるけど一人で運んでおいてね!」と言われたら、「無理っ!」ってなりますよね(笑)。個人的には大目に見て、地上作業で20kg/人、高所作業で10kg/人が上限かなぁという感覚です。

対策:アイボルト・吊りピースをつけておく

部品が重すぎて、取り付け位置の調整をしようにも動かない場合には、「クレーンやチェーンブロックで重量物をわずかに浮かせた状態で調整する」といったことをよく行います。

そのために、重量物にはアイボルト(吊りボルト)や吊りピースをつけておくのが良いです。

ただ、アイボルトや吊りピースは適当な場所につけてはダメで、必ず部品の重心位置を計算しし、部品が吊られたときに姿勢が安定するような場所につけるようにしてください。

重量物を吊る上で最も危険なのが、重量物が地面から浮く瞬間です。

姿勢のバランスが崩れ、重量物が振り子のように振れるので、それが人に当たると大怪我をします。

それを防ぐためにも、図面やモデルを作る段階で、ちゃんと計算するようにしましょう。

まとめ

長穴を使った設計では、以下の点に注意してください。

  • 長穴を使うと、母材への面圧が上がりやすい
  • 重力方向で扱う場合、ボルトが緩むと部品が落下したり、回転したりする
  • 幅の狭い方向にも遊びがある
  • 剛性が不足しがち
  • 重量が大きいものだと、調整しづらい

今回紹介した対策方法はあくまで私が教えてもらったor自分で実践したものが中心です。

そのため、状況によっては使えない方法があったり、使えないことはないが別の方法がいい場合もあります。

もし、ここで紹介していないより良い方法があれば、ぜひコメントやTwitterなどで教えてもらえたら嬉しいです。

今回の記事をもとに、職場でのDR(デザインレビュー)などに役立てていただければと思います。

今回は以上となります。ご一読、ありがとうございました。


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りびぃ

この記事を書いた人

機械設計エンジニア: りびぃ

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