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こんにちは!はちみつボーイです!
私はメーカーで商品開発の仕事をしています。入社当時から「開発者として成長したい!実績を積みたい!」と熱い気持ちで働いていましたが、ある時「そもそも開発者としての実績ってなんだろう?」と疑問を持ちました。
と言うのも私が就職活動していた2016年では既に終身雇用の崩壊が囁かれたり、職務スキルの高さで評価するジョブ型雇用での転職で給与を上げることが主流になりつつあったからです。現在でも転職市場での人材価値は「個人としてどんな実績を持っているか?」が重要視される風潮が強まっています。
考えた結果、実績として考えられる要素は
だと思います。
その中でも私は、「登録した特許権の数」は開発者の実績として強くアピールできるものだと信じています。
理由は「登録した特許権の数」は「産業上利用できる高度な発明をした数」を客観的に示せる実績であり、個人の知識や技術、課題解決力のみでも行き着けるものだからです。
出願された特許はインターネットで公開され、個人の名前も載ります。そのため、社内だけでなく世間的な知名度・信用度の向上にも繋がります。
私の勤務先では、特許出願により報奨金がもらえたり、技術職での昇格要件に「特許権の出願・登録数」があります。転職でも技術職の採用要件には「〇〇分野の業務経験」とありますが、特許権を出願していることがその証明として説得力を持ちます。
しかし、商品開発や設計の仕事を始めたばかりの方は、
そもそも特許権って何?どうすれば出願できるの?
このように考える方が多いと思います。
なぜなら大学で勉強する機会はほぼなく、会社に入ってから勉強する方が大半だからです。また、メーカーに入社し開発部に配属されても特許のことをゼロから教えてもらうことは稀です。
実際に勉強する機会といえば、特許が出願できそうな技術が生まれたタイミングで簡単に学ぶケースが多いです。
自分も何件か特許を出願していますが、「それ先に言ってくれたら早くから準備できたのに・・・」と思うような知識を後から教えてもらうことが多々ありました。
そこで、この記事では開発者が知っておくべき特許権の基本をお伝えしたいと思います。日々の仕事で生まれたアイディアや成果を「特許」という個人実績にスムーズにつなげられるよう、この記事を役立ててもらえれば幸いです。
特許権とは、発明を守るための権利です。特許権を持っている発明の実施を独占したり、第三者が無断で実施していた場合は排除することができます。
ここでいう発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものです。
難しい言葉を並べていますが、簡単に言うと発明とは世の中の課題を解決する技術を生み出すことです。
例えば、自転車の発明なら下図の通りです。
実際に、明細書には課題と背景技術、解決方法(発明)を書く欄があります。
経済産業省の特許庁HPに明細書のフォーマットがあるので、ご興味がある方が見てみてください。
特許を出したいのなら、技術の理屈だけでなく「その技術でどんな課題を解決できるのか?」といった視点も日頃から押さえると良いです。
特許権として登録するには、これらの要件を押さえる必要があります。
- 産業上の利用可能性
- 新規性:公然と認知・利用可能とされていないこと
- 進歩性:容易に発明できたものではないこと
- 公序良俗または公衆衛生を害する恐れがないこと
産業上の利用可能性は具体的に、製造業や農業などの産業の発展に寄与する可能性があることとされています。
「産業の発展に寄与」と言われても分かりにくいと思いますが、逆に該当しないものを押さえると理解しやすいです。
例えば、
等の発明が産業上の利用可能性はないと判断されます。
公然と知られていたり、利用されている発明は登録されません。
もし同様の特許権が出願された場合、1日でも先に出願した方に権利が付与される先願主義が取られています。なので、どうしても独占したい発明がある場合は、製品化が決まる前でも先に出願する場合があります。
例えば、先ほど自転車の例を出しましたが、自転車は既に知れ渡っている発明なので新規性がないと判断されます。
特許権を出願する前に、同様の発明が既に出願・登録されていないかを確認しましょう。この確認はその技術の専門知識を持つ開発者の仕事です。
その技術の専門家が容易に発明できるものは、進歩性がないと判断されて登録には至りません。
つまり、「そんなの常識!誰でも思いつく!」といった発明は通らないと言うことです。
ただ、この進歩性の線引きは業界の歴史や開発者の感覚に委ねられる性質があります。さらには特許権の審査員の意見によっても進歩性の有無が分かれます。
進歩性の線引きが難しく、社内でも出願すべきか否かの議論がヒートアップすることがあります!
基本的には会社の独自技術や培ったノウハウから生まれた発明は進歩性があると思って良いです。ただし、特許出願するために従来の技術と何がどう違うのかを押さえながら開発活動に臨むと良いです。
特許権の対象となる発明の範囲ですが、
になります。
「発明=物の発明」と思われがちですが、「方法の発明」も立派な発明です。「製品自体に新規性がなくても、この製造工程は革新的かも?」と、方法にも着目すると特許の種が見つかります。
一方で、「発明の実施ができる範囲」としては
が含まれます。
例えばメーカーの場合、発明した技術が使われた製品の生産・販売を独占したいのであれば特許権の登録が必要になります。
特許請求の範囲とは、特許を受けようとする発明の範囲を特定するための事項です。クレームとも呼ばれます。
出願者は特許を受けたい発明ごとに区分けして、権利化を出願することになります。その区分けのことを請求項と言います。
「特許請求の範囲」という書類のフォーマットが以下になります。
とはいえ、こちらも分かりにくいかと思うので具体例を用いて説明します。
具体例として、自転車の発明の特許権を以下の請求項で出願するとします。
【請求項1】は自転車全般のことを指しています。電灯や補助輪があろうがなかろうが、すべての自転車が含まれます。
一方で【請求項2】は請求項1に記載された自転車の内、電灯があるものに限定された自転車です。ただし、電灯が付いていれば補助輪の有無は含まれません。
さらに【請求項3】は補助輪のついた自転車(請求項1+3)、電灯と補助輪がついた自転車(請求項1+2+3)の両方が含まれます。
このように発明の範囲を分割して請求項に記載して出願します。(専門的な話になりますが、請求項1を独立項・請求項2,3を従属項と言います。)
ここで「なんで請求項を分けるの?請求項1の自転車さえ権利化すれば良いのでは?」と疑問に思うかと思います。なので、なぜ請求項を分けるのか?その必要性を説明します。
原則として、審査は請求項毎に特許性の有無を判断します。なので、請求項を分けて出願すると権利化できる範囲を知ることができ、請求の範囲をコントロールすることができます。
先ほどの自転車の例を用いて説明します。
下図のように、請求項1の自転車の発明は「新規性なしとして拒絶」され、請求項2,3は特許性ありと判断された場合に、請求項1を削除して請求項2,3を繰上げて権利化することができます。仮に請求項1のみで審査した場合は狭めた範囲の請求項ですら権利化できませんし、どの範囲なら権利化できるかが不明確です。
こう言った理由で、発明の範囲を絞ったり複数用意することで、守れる権利が明確にできます。
先ほど述べた通り、新規性や進歩性の判断が出願時点で把握しきれない場合は、いくつか請求項を分解して守れる権利の範囲を明確にします。
「この範囲は難しくても、せめてこの発明の権利だけは守りたい!」など、どのような粒度で請求項を分解するか?も開発者の頭の使い所です。また、製品化はしなくても代替案として用意された発明も念の為請求項に入れて出願することもあります。
ちなみに、請求項の数だけ出願費用が増えますのでご注意ください。(2022年10月時点で請求項×4,000円かかります。)
特許権を出願・登録するには一件あたり総額で100万円近くかかります。決して安い金額ではありません。また、審査請求のための資料を作成したり、弁理士さんとも相談したりと、時間もかかります。
では、なぜ会社はそこまでのお金と時間をかけて、特許権を出願・登録するのかを説明します。
主な理由は、
の2つです。
これら2つをすることによって得られる利益と、それに対する費用のバランスを見て、会社では特許を出願するかどうかを判断します。
例えばあるメーカーAが、世界で初めて「ギアが簡単にチェンジできる自転車」を発明したとします。
ギアがチェンジできることは大変便利なので、一般消費者は少し高いお金を払ってでも欲しがります。結果としてメーカーAの利益は増えるわけです。
しかし、その技術を特許登録していなければ、他社が類似商品を生産・販売した際に阻止できないためメーカーAの利益は伸び悩みます。
そこでメーカーAがギアチェンジを特許登録していれば、他社は真似できずオンリーワン技術として優位性を保つことできます。生産・販売はもちろん、広告やカタログでの技術価値を十分訴求できます。また、特許権を取得していることでお客様や投資家からも信頼を得ることができます。
投資して発明した技術で確実に利益を確保するため、特許登録をする必要があります。
新しくて価値のある技術を出したら、必ず真似されると思ってください。大手であれば技術面や資金面のハードルを乗り越えて類似商品を出してきます。
他社に技術を真似されないためだけでなく、実施権を売って利益にするために特許権を登録するケースもあります。
特許権を取得した発明について、第三者による実施を承諾する契約を許諾する契約を特許ライセンス契約と言います。
これにより許諾を受ける側(ライセンシー)は、特許発明を活用して利益を得る一方で、特許権者(ライセンサー)はライセンス料による収入を得ることができます。
メーカーにおいて特許ライセンス契約をするのは、
このようなケースが多いです。
もし、特許権を取得している会社に許可を得ず使用した場合は損害賠償請求等を受けることがあり、規模によっては何億円もの損失を被ることがあります!
新商品開発の際には、必ず他社の特許権を侵害するリスクがないかを確認しましょう!
例えば昨今の事例ですと、2018年1月10日に任天堂が同社の特許5件をコロプラが侵害するとして、製品の差し止めと合わせて44億円の賠償請求をされました。他社の特許との抵触リスクを確認しないまま販売すると、多額の損失に繋がります。
特許を出願する流れを以下に示します。
特許は出願したら全てが登録されるわけではありません。審査請求をして実体審査に合格した際に登録されることになります。特許の出願=特許権の取得ではないことに注意してください。
出願から3年以内に審査を請求することが可能で、実体審査が通ったら特許権として登録されます。
この流れの中で、開発職の方々の主な仕事は、
となります。
開発者はどの発明を請求するかを決めます。
などの論点で検討します。
特に「他社から差止請求・損害賠償請求されないギリギリの範囲の発明は?」というような、絶妙な請求内容を検討する際は、技術の専門知識が必要になるため開発者の力が必要です。この際にはもちろん類似に技術が公開・登録されていないか調査をします。
実務では「製品化はしないけど、他社に取得されたら後々の商品開発に響くかも・・・?」と思われる技術も生まれます。費用対効果のバランスを加味した上で、どのような技術も念の為に特許権を取得しておくケースもあります。
商品開発の活動において、出願した特許を全て登録して実施の独占権を得るわけではありません。出願だけする場合も多くあります。(公開は出願から1年6ヶ月以内に強制的に実施されます)
特許権を得るほどの費用対効果はないが、他社に特許権を取得されると困る発明は出願のみ行います。特許権は先願主義ですので、先に出願さえすれば他社は同じ特許を出願することはできません。
商品開発の部門では、今後の開発計画や守りたい技術・費用の予算・登録することにより得られる利益の大きさ…などの論点から、発明を登録するかを判断します。
利益を生む上で重要な発明は登録されます。技術者の評価も、出願された特許数より登録された特許数を重視されることが多いです。
今回は、開発者が押さえるべき特許権の基礎をご紹介しました。
いかがでしたでしょうか。日々の開発活動のヒントになれば幸いです。
読んでいただきありがとうございました。
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