高強度ボルト使用における注意点【遅れ破壊に気をつけよう】

ねじ 更新:

ボルトが緩むのが嫌だから、ギチギチに締め付けようかって考えている。でも、ボルトがくびれたり破断したりすると困るから、めちゃくちゃ強度が高いボルト使おうかと思うんだけれど、特に問題ないよね?

このような疑問を持った人へ、お答えしていきます。

結論からいうと、強度区分12.9以上のボルトは長期での使用はやめたほうが良いです。

私は普段、機械設計の仕事をして、現在仕事を始めて4年が経とうとしているところです。

ボルトに関するトラブルは、ものづくりの仕事をしているとしばしば耳にする話です。

その原因は「ボルトの緩み」や「ボルトのくびれ・破断」などさまざまですが、こういった話を聞くほど、つい強度の高いボルトを使って、これでもかと言わんばかりにギチギチに締め付けたくなる人もいるかと思います。

なお、ボルトには「強度区分」と呼ばれる指標があり(ざっくり言えば、この数字が高いほどボルトの強度が高いことを表します)、これらのラインナップの中から可能な限りボルトの強度が高いものを選ぶことになるかと思います。

強度区分とは、ボルトの区分の一つで、ボルトの引張強さを表します。強度区分は、例えば「9.8」のように「数字.(ピリオド)数字」のように表しますが、ピリオドより前の数字は「ボルトの材質の引張強さ÷100 N/mm2」、ピリオドより後の数字は「ボルトの降伏点を計算するのに使う係数」を意味します。つまり強度区分が9.8というのは、引張強度が900 N/mm2で、降伏点は900 N/mm2 × 0.8 = 720 N/mm2となります。

しかし、実はボルトは強度が高ければ高いほど、「遅れ破壊」というむしろ厄介な現象を引き起こしてしまうリスクが高くなってしまうのです。

そのため、遅れ破壊のリスクのあるボルトは、橋梁の業界ではそもそも製造中止になっているほどになっています。

このことを知っていないと、せっかく納めた製品がしばらく経ってからどんどん崩れ落ちてしまい、会社の大きな損害になってしまったり、人命を失ってしまうような事態になりかねないのです。

そこで今回はボルトの遅れ破壊について解説をし、みなさんが適切な知識を持ってものづくりに取り組むことができるようにしていきたいと思います。

遅れ破壊とは

遅れ破壊というのは、その名の通り、静的な負荷応力を受けた状態(ずーっと力を加え続けるというイメージ)がしばらく続くと亀裂が発生し、突然「バキッ」といったように脆性破壊する現象のことを言います。

一般的にボルトに使われる鉄鋼材料は「力を加えると伸びるという特徴(延性)」があるため、ボルトが強度不足などで破壊される際には、ボルトが伸び切ったり、くびれたりして塑性変形をしてから破壊されます。

しかし遅れ破壊では、延性材料であるはずの鉄鋼材料が、塑性変形をほとんどすることなく、突然氷が砕けるかのようにして破壊されしまうような現象なのです。

一方で似たような現象に「疲労破壊」がありますが、これは振動や繰り返し応力などの動的荷重を材料が破壊する現象であるため、遅れ破壊とは破壊の形態が異なります。

遅れ破壊の厄介なところ

高強度のボルトほど生じやすいこと

遅れ破壊の厄介なところとして最も覚えておくべきところは、「高強度のボルトほど、遅れ破壊が生じやすい」というところです。

現在の高力ボルトの規格には「F8T」「F10T」がありますが、実は1964年にはさらに強度の高いボルトとして「F11T」や「F13T」がJISに導入され、日本では橋梁などに使用されておりました。

ところが導入後間もなくして、F13Tを使用した橋梁が突然破壊するという現象が確認され、製造中止となりました。

またF11Tのボルトについても、1975年頃から突然破壊する現象が確認されました。

こういった経緯があることから、1980年から鋼道路橋においてF11T以上の高力ボルトが採用されなくなっているのです。

「やばそう」という直感が働きにくいこと

遅れ破壊は、実際に破壊が起こるまで異変に気づきにくいという事が多いです。

一般的な疲労破壊の原因である「動的荷重」であれば、機械の試運転の際などに、いかにも振動や繰り返し荷重を受けているのが目でわかるため、なんとなく「疲労的にやばそうだなぁ」「一応もう一回疲労計算しておこうかなぁ」と直感が働くことも多いです。

しかし、遅れ破壊は「静的荷重」によって発生する現象である上に、「降伏点よりもかなり低い荷重で破壊」が起こります。

破壊が起こるまでに数ヶ月〜数年かかること

遅れ破壊は静的荷重を与え続けて数ヶ月〜数年経った頃に発生します。

もしすぐに異変が発生するのであれば、納期に猶予がある限りは対策をしていくことができるのですが、数ヶ月〜数年後となりますと、すでにお客さんでの運用が始まっていることがほとんどです。

特に高強度のボルトは比較的大きな負荷を受ける場所に使用されることが多いので、そのボルトが破壊されれば甚大な被害が発生することが多いです。

プロジェクトが一段落して忘れた頃に甚大な被害が発生するとなると、予算・納期・対策案的に非常に厳しい縛りの中で対応をしなければならないですし、最悪の場合、人的被害も想定されます。

未だに理論が完全に解明されていないこと

実は遅れ破壊は、未だに理論が完全には解明されておりません。

理論が解明されていないということは「どのような条件で使用した際に、どれぐらいの期間で遅れ破壊が生じるか」という予測ができないのです。

「水素による材料の脆化」というところまでは分かっているのですが、より詳細な部分については未解決のままです。

遅れ破壊発生の懸念があるボルトの強度はどれぐらいか?

「さまざまな強度区分のボルトの中で、どの程度の強度区分だと遅れ破壊の恐れがあるか」と言うと、強度区分12.9以上が遅れ破壊する可能性があります。

以下の書籍によると、「通常の低合金調質鋼では,引張強さが1200N/mm2以上になると遅れ破壊感受性が強くなることが認められている」とのことです。

一応、JISでは12.9の強度区分のボルトが規定されていたり、強度区分14.9のボルトを販売しているところもあったりしますが、使用条件をよく検討して使用することが必要です。

なお、高力ボルトについては、現在流通しているのは「F8T」「F10T」「S10T」の3種類がほとんどですし、F11T以上の高力ボルトは1980年代に製造中止になっていますので、F11T以上のボルトを新たに使用するということはまずありえないと思います。

高強度のボルトはどんなときに使えるのか

ここまで聞くと、「推奨されていないものが何故市場に出回っているのか?」「いったい何の役に立つのか?」と思うかも知れません。

確かに高強度のボルトは遅れ破壊の懸念はありますが、一方で「高強度」という特徴を活かして、以下のようなケースでが役に立つことがあります。

ただし、導入の際には慎重な検討が必要です。

ボルトの強度不足による不具合が発生したときの応急処置

ボルトが強度不足によって破断した際に、とりあえずの応急処置として高強度のボルトを使用するという方法があります。

遅れ破壊は「すぐには発生しない」という特徴があるため、とりあえず暫定的に取り付け、恒久対策品ができた段階で随時交換するという方法で使用することができます。

なお、応急的に高強度ボルトを使用する際には、母材の強度が弱いと、母材の陥没・ボルトの緩みという不具合に発展しますので、母材の検討も忘れずに行うようにしてください。

短い期間で強制的に交換するのが前提の場所

ある期間を決めて、その期間が経ったら異常の有無を問わず強制的に交換するという運用が可能であれば、高強度のボルトを使用しても構わないかと思います。

遅れ破壊はその理論が全て解明できているわけではないので、いつ遅れ破壊が起こるかという予測が立てにくいのです。

そのため、例えば1ヶ月などという期間を決めたら「どんなに異常がなくとも月に1度は新品に交換する」とすることによって、遅れ破壊の懸念を排除することができ、高強度のボルトを使用することができます。

ただし、メンテナンスをする度に機械の運用を止める必要があるため、お客さんとメンテナンスの費用についての協議を、なるべく早段階で行って、承認を取る必要があります。

また、仮にボルトが破断したとしても被害を最小限に食い止めるために、保護網の設置なども必要になる場合があります。

まとめ

今回のポイントについてまとめると、以下の通りとなります。

  • ボルトの強度が高いほど、遅れ破壊が発生しやすい
  • 遅れ破壊は、一般的な疲労破壊とは異なり、静的強度下でかつ降伏点より低い応力で発生する
  • 非常に厄介な面が多いことから、業界によってはそもそも使用禁止だったりする
  • 現象が完全に解明されていないため、遅れ破壊の予測が難しい
  • 暫定的な用途や、短期間での使用であれば使えないこともない

以上となります。ご一読いただき、ありがとうございます。


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