この記事を読むべき人
ねじのはめあい長さをいくつにするべきか?という議論は、機械設計に関わる人であれば一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
私は機械設計の経歴は6年ですが、経験したさまざまなプロジェクトのDR(デザインレビュー)で、それぞれ最低1回は耳にしていました。
つい最近、大企業を飛び出してベンチャー企業に転職しましたが、そのベンチャー企業のDRのときにもやはり話題になっています。
なぜ、こんなにも話題になるのかというと「はめあい長さを可能な限り短くしたほうが、メリットが大きいから」です。
はめあい長さ(現在のJISでは「グリップ長さ」と呼ばれています)を気にしているということは、母材にタップを切ってボルト締めする「ねじ込みボルト」を採用したいということだと思いますが、
はめあい長さを短くできると、部品の形状がスマートになるので部品の材料費が下がりますし、部品が軽くなるので組立・分解・運搬の際の取り扱いがラクになります。
特に、板金・薄板ものをよく設計する人にとっては、たった1mmの板厚の差が、結構大きいんですよね。
でも、かと言って過剰にはめあい長さを短くしてしまうと、ねじ山が軸力または外力に耐えられず、ねじ山のせん断破壊が生じます(理論的には、おねじ・めねじの材質のうち、弱いほうが破断します)。
ねじが壊れれば、部品が落下したり、装置が壊れたりして、洒落にならないぐらいの問題になってしまいます。
「じゃあ、どれぐらいを目安にしたらいいのか教えてくれ!」と言いたくなるのですが、実は95%以上の技術者は経験や感覚で判断しています。
つまりみんな、部品をパッと見て「うむ、なんとなくだけど、しっくりくる」といった具合に判断しています。もちろん私もその一人です笑。
でも、その経験や感覚がみんな共通認識されているのかと言うと、まったくそんなことはありません。
ある人は「こんなもんやろー」ですし、ある人は「これはダメでしょ」という感じですが、お互いにその根拠はありません。
これではいつまで経ってもねじ山の破壊の懸念は拭えませんし、新しく入ってきた後輩などにも示しが付きませんよね。
実はこの記事は元々、私が独自に使っているおおよその目安を書いていたものでした。
ですが、やはりどう考えても信頼性は低いですし、根拠がなくて納得できないままでいるのは、やはり気持ち悪いですもんね。
そこで今回は、ねじのはめあい長さを決定する上での考え方について、可能な限り調査した内容をもとに詳しく解説していきたいと思います。
この記事を読んで、ボルトのサイズを選定する際や、板厚を考える際に、自身を持って決断できるようにしていきましょう。
特に不都合がないのであれば、はめあい長さは0.8d(dはねじの呼び径)以上にすることを推奨します。
この0.8dとはどんな数字かと言うと、「最も標準的な六角ナット(1種のナット)の高さ寸法」です。
ねじのはめあい長さが少ないことで最も問題になるのは、ねじ山のせん断破壊ですが、
0.8d以上のはめあい長さであれば、ボルトナットの強度区分や保証荷重などを参考にしつつ、設計に活用することができます(参考:ボルト・ナット 強度一覧)。
ちなみに、この0.8dをかみ合い山数として表すと、M3で4.8山、M4で4.6山、M5で5山、M6で4.8山となります。
「0.8dよりももっと攻め気味にしたい」という人や、「荷重が若干かかるから守り気味にしたい」という人は、「0.5d~1.5d」の範囲で選択するのが良いでしょう。
この数字はJIS B 0209-1に掲載されていた数字で、一般用の鋼製小ねじ・ボルト・ナット類で使用することが想定されています。
もうちょっと詳細を述べますと、最も使用頻度が多いボルト・ナット締結の公差グレード「6H/6g」について、はめあい長さ「N」とした場合の範囲が「0.5d~1.5d」です。
ねじの寸法には、M6だとかピッチ1mmだとかという「呼び寸法」の他に、±何ミクロンの誤差を許容するかという「公差」が、公差グレードとして決められております。いろいろある公差の中で最も一般的に使われているのが、めねじの公差グレードが「6H」、おねじの公差グレードが「6g」です。
はめあい長さの「N」というのは、おそらく「S:Short、N:Normal、L:Long」のうちの「N」という意味だと想定されます。JISでは、約0.5d未満のはめあい長さを「S」、約1.5dより長いはめあい長さを「L」としています。
ただしJIS(さらにはISO)に掲載されているとはいえ、この数字はねじ強度の観点から定められたものではありません。
あくまで「経験的にみんなよく使っているのが、これぐらいの範囲」というだけです。
そのため、はめあい長さを限界ギリギリまで短く攻めたい場合や、重荷重がかかるので守り気味にしたい場合において、強度的に問題ないことを担保するのには信用度は薄いかなぁ・・・という感じです。
特に「ボルト・ナット締結」が前提なので、タップが切られた母材の面積が狭い場合、バーリングタップを使用する場合は、参考にしないほうが良いかもしれません。
ねじに関する力学は非常に複雑な上、使用する材質・条件・環境によっては使える・使えないが分かれます。JISでもうまく根拠を示せていないので、技術者によってはめあい長さの意見が違うのも仕方ないかもですね。
0.5d~1.5dを採用した場合の、具体的な寸法については以下にまとめていますので、よろしければご参考ください。
山田晃著「ねじ締結の理論と計算」によると、結論引張強さが同等の鋼製ボルトナット締結であれば、ねじの呼びに依らず限界はめあい長さはおおよそ0.6d程度であると示されております。
ここでいう限界はめあい長さとは「ねじ山がせん断破壊する荷重よりも、ボルトが引張り破壊される荷重のほうが小さくなるような、はめあい長さ」のことを指します。
つまり、ねじの静的な破壊形態は「ねじ山がせん断破壊する」か「ボルトが引張り破壊をするか」のどちらかになるのですが、「少なくとも、ボルトが引張破壊する方が先に発生するのであれば、ねじ山は破壊されないよね」という理論です。
導出の過程を説明すると非常に長くなってしまうので、詳しくは本書または山本さんの論文を読んでいただきたいのですが、ボルトの引張強さをσb、ナットの引張強さをσnとすると、σb/σn=1であれば、どの呼び径のねじでも限界はめあい強さは「0.5d~0.6d」の間に収まっていることが示されております。
こういった計算では、せん断強さをどの程度見込むかで結果は変わってくるのですが、本書ではボルトのせん断強さτb=0.65σb、ナットのせん断強さτn=0.6σnと仮定しております(材質はS15Cが想定されています)。また、めねじ座面から0.5ピッチ分のねじ山は荷重を受けないという仮定もされております。
この「0.6d」という寸法は、旧JISの3種のナット高さに相当しますので、そのように覚えておくとよいでしょう。(詳しくはナット寸法表を参照)。
なお、0.6dをおなじみのはめあい山数で言い表すと、M3で3.6山、M4で3.4山、M5で3.8山、M6で3.6山となります。
この限界はめあい長さのデータ自体はボルト・ナットで取得されていますが、ナットではなく母材の場合(ただし、バーリング等は除く)でも適用可能とのことです。
その他の鋼製ボルト・ナットについては、おおよそ以下のとおりです。
σb/σn | 限界はめあい長さの目安 |
---|---|
1 | 0.5d~0.6d |
1.5 | 0.8d~0.9d |
2 | 1.0d強~1.2d |
2.5 | 1.3d弱~1.4d |
3 | 1.5d~1.7d |
先程ご紹介した山田さんの本では、鋳鉄・アルミ合金のめねじの場合の限界はめあい長さについても述べられております。
データはナット引張強さに対するボルト引張強さσb/σnごとが整理されており、その結果はおおよそ以下のとおりです。
σb/σn | 限界はめあい長さの目安 |
---|---|
3 | 0.7d~0.8d |
4 | 0.9d~1.0d |
5 | 1.1d~1.2d |
6 | 1.3d~1.5d |
7 | 1.5d~1.7d |
σb/σn | 限界はめあい長さの目安 |
---|---|
1 | 0.7d~0.8d |
1.5 | 0.9d弱~1.1d |
2 | 1.2d強~1.4d |
2.5 | 1.5d~1.7d |
3 | 1.8d~2.0d |
最低ねじ山の数について聞くと「ねじ山3つ分」という意見を(私もその一人でした)言う人もいます。
ですが今回調査した結果では、残念ながら「ねじ山3つ分でも強度的に大丈夫である」という根拠は、小さい呼び径のねじ以外では見当たりませんでした。
「じゃあ、ねじ山3つだなんて、誰が言い出したんだ?」と気になるところですが、おそらくはJIS B 0209-1の0.5dを採用したものであると考えられます。
ですが上記でも述べたとおり、この0.5dの根拠は強度的に評価されたものではなく、あくまで「経験的にみんなよく使っているのが、これぐらいの範囲」というだけです。
これについて「強度的に評価されたものではないから信頼できない」と読むか、「まぁ、経験的に使われているなら大丈夫でしょう!」と読むかは皆さんの判断次第です。
私であれば、カバーや銘板など「強度がほとんどかからない場所」「ねじが壊れてもそんなに支障がないもの」だったら3山程度まで攻めてもいいですが、通常は最低4山を基準にしようかなぁと考えます。
よく「アルミの母材に切られためねじは強度が低いから、はめあい長さを多めに取る」ということがあるのですが、ねじの強度に不安があるからと言ってはめあい長さをどんどん長くしていけばいいかというと、そういう訳でもありません。
酒井智次著「増補 ねじ締結概論」によると以下のように述べられております。
アルミニウム合金製めねじのようにねじ山の強度が低い場合にははめあい長さを大きくしなければならないが、はめあい長さが大きくなると全ねじ山が均等に軸力を分担できず、伸びの小さい材料ではボルト先端側のねじ山が軸力を十分分担するようになる前にボルト頭部側のねじ山が破壊し始めてしまう。したがって、このような場合にはねじ山強度ははめ合い長さに比例せず、それより小さくなることに注意するべきである。
このことから、特に「伸び」の小さい部品については、はめあい長さを長くしすぎると、ボルト先端側のねじ山にはほとんど軸力がかからないので意味がない」「ボルト先端側にも軸力がかかるようにしようと締め付けトルクを掛けてしまうと、
ねじ山の強度が不安なら、ボルトの呼び径を小さいものにしつつ本数を増やしたり、材質を強度の高いものにしたりするほうが得策です。
ちなみに話が逸れますが、先程の引用において、「全ねじ山が均等に軸力を分担」というところは、若干正確性に欠けているような気がしています。
正確には、適正なはめあい長さにおいても、ボルト頭側(ナット座面側)のねじ山が最も負荷を受け、ボルト先端側にいくに従って負荷が減少します(条件によっては単調減少にはなりません)。
そのため、ねじ山が破断するときには、ボルト頭側のねじ山から破断する確率が最も高いのです。
なお、はめ合ったねじ山それぞれが受ける負荷の割合のことを(ねじ山)荷重分担率といいます。
JIS規格の鋼製ボルト・ナットや、板状の母材にタップを切った金属材料に対する評価であれば、ここで紹介したものを参考にしていただければと思います。
ですが、それ以外の場合については、ここでいう評価はあまり参考にはなりません。
「それ以外の場合」とは、例えば以下のような場合のことです。
なぜこういった場合に使えないのかというと、ねじはねじでも、材質や形状、加工精度などの条件が異なると、強度や破壊モードが異なるからです。
もちろん、バーリング加工やブラインドナットの技術資料を見ればねじの長さ寸法が記載されて入るのですが、それが「ねじ山の強度の視点も含んだ寸法になっているかどうか」は不明です。
もし、これらのようなねじを使う場合で、ねじ山の強度に不安があるようでしたら、試験をして求める必要があります。
こういったように、技術書を読むときには「どんな状況が前提であるか、考慮されているか」を慎重に確認することが大切です。
今回のポイントについてまとめると、以下の通りとなります。
ここで紹介したはめあい長さの目安については、以下の記事で見やすくまとめています。
今回は以上となります。ご一読ありがとうございました。
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