機械設計における安全率の考え方【ギリギリは攻めません】

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機械設計で強度計算をするときに、許容応力さえクリアしていればOKじゃないの?なんで安全率を評価しないといけないの?あと、だいたいどれぐらいの安全率がいいかという目安があったら教えて欲しい。

このような疑問を持った人へ、お答えしていきます。

私は現在、機械メーカーの設計として仕事をしており、装置や部品について構想を練るところから、必要な計算等を行い、図面を作成するなどをしております。

機械設計をする際には「求められる性能が出るか」と「想定される負荷に耐えられるか」という2つの視点から計算を行いますが、このうち後者について検討するために「安全率」という値が用いられます。

安全率は「想定される発生応力に対して、許容応力がどれほど大きいか」を表し、式で表すと以下のとおりとなります。

$$S=\frac{\sigma’}{\sigma}$$

S:安全率
σ’:許容応力
σ:発生応力

この安全率は式で表すと簡単ではありますが、これを実際の設計で上手に活用しようとすると、機械メーカーの設計部門のみならず、製造や品質保証などの部門と連携する必要があります。

そのため、総合的に技術力のない機械メーカーは、安全率を上手に活用できないため、将来的に会社の売り上げが右肩下がりになる可能性が高いです。

そのようなことにならないためにも、今回は安全率の話について詳しくお話ししていきます。

安全率と材料費とはトレードオフ

「安全率」と「材料費」とはトレードオフの関係にあります。

例えばあなたが安全率の値をもっと高くしたいと考えるとしましょう。

安全率は「材料の許容応力」と「発生応力」とで値が決まるわけですから、安全率を高くするには「許容応力の高い材料を使う」か「発生応力を抑えるか」の2つしかありません。

しかし、このどちらの方法を取るにしても、「材料費」が増える傾向にあります。

許容応力の高い材料とは

許容応力の高い材料は「表面が硬い材料」や「ヤング率が高い材料」などがあります。

表面が硬い材料

鉄系の材料でよく行われるのが、「焼入れ」と呼ばれる熱処理によって、材料の硬さを向上させるというものです。

金属材料では、ある硬さの範囲内では、材料の表面が硬ければ硬いほど、許容応力の値が増加することがわかっております。

しかしその反面、安価な材料に比べると、熱処理などの処理をする関係上、材料コストは高くなります。

代表的なものに、ドリルなどの切削工具があげられます。

金属の材料に穴を開けている最中に、ドリルが簡単に折れるようでは使い物になりませんし、折れるたびにドリルを交換していては、加工の効率が悪くなります。

そのため、このような工具は硬度を向上させることによって、寿命を長くしているのです。

ヤング率が高い材料

同じ寸法ならば、ヤング率が高い材料の方が許容応力が高いことが多いです。

例えば「樹脂」よりも「アルミ」、「アルミ」よりも「鉄」の方がヤング率が高く、許容応力も高いです。

ただし鉄はヤング率が高い一方で、重量が大きいです。

材料に発生する応力は、外部から加えられる負荷によるものだけではなく、材料自身の質量による負荷も含まれます。

そのため、材料の重量が大きな要因になっている場合は、チタンやCFRPなどのような、軽くて丈夫な材料が好まれます。

CFRPはCarbon Fiber Reinforced Plasticの略で、炭素繊維強化プラスチックのことを言います。使用されるプラスチックや、製造方法により物性がかなり変わるようですが、密度はアルミ程度にも関わらず許容応力が鉄並みと言われることもあります。

これらの特殊材料は航空機などに使用されていますが、材料の入手が困難な上、製造するのも難しいため、かなり高価です。

発生応力を抑える

発生応力を下げる方法としてまず行われるのは「材料の断面形状を工夫すること」です。

これは、曲げ応力に対しては「断面係数をあげる」、圧縮応力による座屈に対しては「断面二次半径をあげる」ようなことをします。

しかしこのような対策の結果としては、だいたいがH鋼にするという方法に落ち着きます。

では、それ以上に発生応力を抑えようとしたらどのようにすれば良いかというと、

材料を太くしたり、部材を追加するしかありません。

材料を太くしたり、部材を追加すれば、当然材料費があがりますし、場合によっては組立て工数にも影響を及ぼします。

そのため、費用が上がっていくのです。

ギリギリの強度でOKとしない理由

想定する発生応力と許容応力が同じである場合、安全率は1となり、
許容応力の方が値が大きい場合は、安全率は1より大きくなります。

もちろん安全率が1を下回るのは設計としてNGとなります。

先ほど述べたように「安全率が上がるほど、材料費も上がる傾向にある」ため、できれば安全率は低く設計したいところですが、「安全率1の設計」も基本はNGです。

それは以下のような理由により、想定外の応力が発生する可能性があるためです。

どんな荷重がかかるかわからない

設計段階で強度計算をするときに、現実に起こりうる荷重を100%予測することは不可能です。

これは、高性能なコンピュータ、高機能な解析ソフトを使った計算でも不可能でしょう。

簡単な例として「背もたれがなく」「脚が4本」「体重制限が100kg」の椅子を設計するとします。

この椅子に正しく座って使用する場合に、椅子の座面にかかる荷重は「100 kg」×「9.8 m/s2」となります。

では、この椅子は必ず「100 kg」×「9.8 m/s2」以下の荷重しか受けないのでしょうか。
また、椅子の脚には「100 kg」×「9.8 m/s2」÷「4」以下の荷重しか受けないのでしょうか。

いいえ、そんなことはありません。

「椅子に座る」動作1つをとっても、荷重のかかり方はいろいろ

例えば、静かに座る場合は「その人の体重」×「9.8 m/s2」の荷重に近くはなります。

しかし勢いよく座る場合は、その勢いの分だけ椅子が受ける荷重が増加します。

椅子に座る人ろうとする人が、なんかイライラしていたり、急いでいたりする場合は、十分にあり得る話です。

また、座面のちょうど真ん中に座るとも限らず、椅子の端っこに座る可能性だってあります。

さらにいうと同じ体重でも「お尻が大きい人」「お尻が小さい人」「足を組んで座る人」「あぐらをかいて座る人」などによって実際に椅子にかかる荷重も変わります。

それぞれのケースについて強度計算をしていてはキリがないですし、そこまで一生懸命計算したとしても、それが現実に起こるかどうかはわかりません。

それよりも安全率が2以上になる(200 kgの人が座っても耐えられる)ような構造にしてしまった方が、設計の手間が省けるのです。

表記の寸法と、実際の寸法とが違う場合がある

材料の中には、寸法公差がJIS(日本産業規格)によって決められているものもあります。

寸法公差とは、指定した寸法から外れても良いとされるズレの範囲のことを言います。例えば図面で、部品の幅を10mmと指定しても、実際に部品を作るとき、寸分の狂いもないピッタリの10mm幅のものを作ることは不可能です。そのため「±0.1mm」というように公差を設けることで「9.9mm〜10.1mmの間であればOK」という感じにするのです。

そのため、ある材料を購入したときに、その材料の寸法が、表記の寸法よりも小さい場合があるのです。

というより、表記の寸法よりも小さいことがほとんどです

たとえば、板厚1.6mmのSPHC(熱間圧延鋼板)のフラットバーを使って、ブラケットを設計するとします。

材料屋さんで材料を買うときには確かに「板厚1.6mm」という表記はされています。

しかし、JISでは、1.6mm±0.19mmの範囲内にあるものは全て「板厚1.6mm」と表記できるため、実際には表記の板厚よりも10%程度薄い材料が出回ったりします。

製鉄所で作られるフラットバーは、板厚のばらつきが少ない

フラットバーを製造しているのは、製鉄所です(新日鐵住金とか、JFEスチールとかです)。

今の製鉄所の製鉄技術は高く、狙った板厚からほとんど寸法を外すことなく製品を製造することができます。

ここでポイントなのが、製鉄所にとっては材料費を最小限にできれば儲かるということです。

つまり「板厚1.6mmの製品」を作るのに、わざわざ「板厚を1.6mmにする」必要がなく、「板厚1.41mm」に可能な限り近づけて製品を作ります。

1.41mmでできると、1.6mmよりも10%程度の材料費をカットできます。

何だかいけなことをしているように思えるかもしれませんが、その板厚がJISの公差内に入ってさえいれば、表記より薄いフラットバーを製造したところで違法でも何でもないのです。

そのため「安全率ギリギリで設計した製品が簡単に塑性変形した」ということが、しばしば発生するのです。

安全率の目安

安全率を1ギリギリにするのは怖いということはお分かりになったかと思いますが、では具体的にどの程度にすればよいか、ということについてお話しします。

以下の表はよく利用される安全率を表としてまとめたものです(JSMEテキストシリーズ 材料力学より)。

材料 静荷重 繰返し荷重
(片振り)
繰返し荷重
(両振り)
衝撃荷重
軟鋼 3 5 8 12
鋳鉄、もろい金属 4 6 10 15
銅、軽金属 5 6 9 15
木材 7 10 15 20
石材、レンガ 20 30

この表はアンウィンという教授が提唱したものだそうですが、値の精度は悪く、安全率の値が大きすぎることが多いです。

安全率を下げたいならば・・・

安全率を下げ、製造コストを下げたいと考えるならば、もはや「設計職以外に対しても協力をしてもらう必要」があります。

安全率を高くせざるを得ないのは、想定される荷重や応力がわからないためです。

特に初めて設計するようなものですと、安全率はどうしても大きめの値に設定せざるを得ません。

ということは裏を返すと、荷重や応力が高精度に予測ができれば、または予測と近い状況で稼働できれば、安全率を下げることができるというわけです。

安全率低下への取り組みは、製造工程全体でやる

安全率低下への取り組みは、設計職だけでは不可能です。

荷重や応力を高精度に予測、または予測と近い状況で機械を稼働するためには、以下のような取り組みをする必要があります。

  • 多くの試験や解析を行う
  • 完成する製品の品質が安定するように、製造方法・検査方法を確立する
  • 適切なメンテナンスをする

試験をするためには、材料について研究している機関などに依頼する必要があります。

品質を管理するためには、生産技術の部門に対して「製造方法の標準化」を、品質保証の部門に対して「製品の検査方法の確立」をしてもらう必要があります。

適切なメンテナンスをするにも「誰が、どのような内容について、どのようなタイミングでメンテナンスをするか」を決めて、運用していく必要があります。

そのため、もはや設計だけの業務には留まらず、製品製造のプロセス全体で取り組んでいく必要があるのです

この取り組みは簡単ではないですし、確立するまでに時間がかかることも多いです。

そのため、取り組むのであれば、コストパフォーマンスを見極める必要があります。

まとめ

以上の内容をまとめますと、以下のとおりとなります。

  • 安全率を高くしようとすると、材料費が高くなることが多い
  • さまざまな要因により、設計時に想定した発生応力よりも、実際の発生応力が大きくなる場合がある
  • 想定外に対応できるようにするためにも、安全率をギリギリに設定するのは好ましくない
  • よく使われる安全率の目安の値は、過度に大きい場合が多い
  • 安全率を低下させ、製造コストを下げたいならば、製造プロセス全体で取り組む必要がある
  • 安全率低下の取り組みをする際には、コストパフォーマンスを見極めることが重要である

今回の話は、設計職以外の人にとっても重要な話であるので、機械メーカーに勤めている人は知っていた方がよいですよ。


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りびぃ

この記事を書いた人

機械設計エンジニア: りびぃ

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